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売れてる音楽はみんな日本語クチャクチャ

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 みなさんも薄々感づいていると思う。そう「売れれば売れるほどヤバいヤツばっかになる」どうやらこの世はそういう風にできているみたいだ。

 例えばワンオクの出世作”完全感覚Dreamer"、「完全感覚Dreamerが僕の名ッさッ!」ってなんとなく何が言いたいのか伝わるけど、結局意味がわからんしな。

 雰囲気と歌唱力で誤魔化されてる感がある。あんなもん”オポチュニティ”とか”まんじゅう”とか”多肉植物”みたいな語感がエロい言葉と分類的には一緒よ。


西城秀樹 ギャランドゥ

 古くは”ギャランドゥ”とか。今では腹毛を表す言葉になってるけど、元々アレは西城秀樹の曲名。ギャランドゥが腹毛を表す言葉だと思って育ってきた我々ゆとり世代が聴くとギャグにしか聞こえん。バックのギターがやたらカッコいいのが逆に面白い。

 コーラスまで交えてあんなにギャランドゥギャランドゥ連発してるにも関わらず、作詞のもんたよしのりによると”ギャランドゥ”という言葉自体には特に意味はないデタラメ英語らしい。

 因みに後付けでギャランドゥは「Gal & Do」だったことになって「素敵な女性」という意味だったことになったらしいけど、結局意味はクチャクチャのまんまだしな。フランス語と英語混じってるし。

 ギャランドゥに関してはもはや意味が通じる・通じないとかの次元どころかむしろ擬音に近い極端な例だけど、こうやって往年の名曲から最近のヒットソングまで、売れた曲の歌詞をマジマジと観察してみるとブッ飛んでる率がやたら高い。

 サザンオールスターズの”勝手にシンドバッド”のサビの「今何時!そうねだいたいねー!」とかB'zの”ultra soul”とかさ。ウルトラソウルとか口に出すだけでちょっと元気出てくるもんな。

 というワケで今回は日本語がおかしい歌詞について考えていきたいと思います。


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日本語がおかしい方が売れる


ゲスの極み乙女。 - 私以外私じゃないの

 ゲスの極み乙女。売れてた時は散々ネタにしてたけど、不倫+未成年飲酒で活動自粛となると何か褒めたくなるのが人の性。

 今思えば四つ打ちダンスビートで流行りを抑えつつも、当時じわじわと再燃し始めていたラップ的歌唱をいち早く取り入れたのも凄いけど、それよりも凄いのが歌詞。

 2010年以降の音楽で変な日本語作詞法を一番うまく扱えてたのは彼、川谷絵音だと思う。

私以外私じゃないの
当たり前だけどね
だから報われない気持ちを整理して
生きていていたいと思うのよ

ゲスの極み乙女。 - 私以外私じゃないの より引用

 この曲はアイデンティティについて歌ったものだと解釈できるけど、やっぱり一番重要なのはサビ。

 一見意味がわかりそうで、よくよく考えてみるとちょっと意味がわからないという違和感で印象を残しつつも、葛藤を抱えた若者の気持ちを一言で代弁している。ワンセンテンスで二つも命中させるとは、さすが絵音さん、あちらの方だけでなく作詞もお上手ですなあ。

 


RADWIMPS - 前前前世

 最近のヒットソングを考えてみてもフレデリックの”オドループ”の「踊ってない夜を知らない」とかSuchmosの”STAY TUNE"とか頭一つ抜けて売れた人たちは変人ばかり。

 そしてやっぱり一番印象に残ってるのがRADWIMPSの”前前前世”。

君の前前前世から僕は 君を探し始めたよ
そのぶきっちょな笑い方目がけて やってきたんだよ

RADWIMPS - 前前前世 より引用

 これが「ずっと君と会いたかったんだ」とか「君と出会う運命だったんだ」みたいなありきたりの歌詞だったら、ヒットはありえなかったと思う。

 フレデリックのも「毎日夜は踊ってます」とかなら売れなかっただろうしね。普通の日本語じゃ印象に残らないのだ。

 

普通の日本語じゃ面白くない

 思い返してみればこの日本語が変な方が印象に残る現象、歌詞だけに限った話じゃない。

 例えば映画とかアニメ、マンガの名言とか迷言と呼ばれるセリフ。「てめーの敗因は…たったひとつだぜ…DIO…たったひとつの単純な答えだ…『てめーは俺を怒らせた』」とか「最高に『ハイ!』ってやつだアアアアア」とか。あれらも圧倒的に日本語としておかしいものの率が非常に高い。日本語が変な歌詞もこれらと同じ現象なのではないだろうか。

 やたら名言率が高いことで有名な機動戦士ガンダムの監督、富野由悠季の作品では「富野節」と呼ばれる特徴的なセリフ回しがよく登場する。

 有名なところでいくと「認めたくないものだな、若さ故の過ちというものは」や「ララァ・スンは、私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!」あたりがそれ。これらは文字に起こしてみてもなんかよくわからんものが多いが、劇中で出てきてもたまによくわからんことがよくある。

富野由悠季監督は作品に登場するキャラクターに生々しい肉付けをすることで知られる。よって作中で交わされるキャラクター同士の会話も説明くさかったり芝居がかったモノではないのである。それこそ我々が日常的に使うような口調で喋っていると言っていい。

ピクシブ百科事典 - 富野節 より引用

 どうやらこういった理由かららしいのだが、セリフにせよ歌詞にせよ日本語がおかしい方が印象に残る現象の結論はこれではないだろうか。その場の高まり、テンションは普通の日本語じゃ伝わらないのだ。日本語がおかしければおかしいほど強く印象に残る”売れる曲”になるのだ。

 結局何事に関してもだが、人間誰しも今までになかったものを求めるものである。ただ歌詞の場合は突拍子もない誰も理解できないような題材をテーマにしてもウケない。その折り合いがつくところが、共感の得られるテーマを斜めの方向から表現する、それが今回の記事の日本語がおかしい歌詞の正体なのではないだろうか。

 ということで今回はこのあたりで。ウルトラソウル!

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