BASEMENT-TIMES

読める音楽ウェブマガジン

ホーム
アバウト
人気記事
月別索引
オススメ記事

コラム 記事

なんで今さら路上ライブなんかするの?

2016/07/16

あなたは今日もお仕事です。上司に怒られ、得意先に怒られ、外回りという名のサボりプレイス探しに精を出します。もちろん契約が取れるワケもなく、取引先から値下げをチラつかされた事は聞かなかったことにします。会社に帰ると見る必要も無い書類が机の上で一山を築いていたので、スタンプマシーンになったつもりでハンコを押しまくります。

またいつもと同じようなプレゼン資料を作っていると、いつの間にやらもう9時です。これ以上居座ると残業代を渋る偉い人に怒られます。飛び出すように会社を出て、酒臭い満員電車に無理矢理乗り込みます。

出荷される玉葱のような気持ちで1時間、ようやく最寄り駅です。一息ついて、ビールでも買って帰ろうかなぁなんて思うとちょっと気持ちが安らぎます。1日で最も幸せな時間ですね。

するとどうでしょう。改札を出てすぐの噴水広場で何やら若者が喚いています。よく見るとギターをかき鳴らして歌っているのです。C G Am Em F G Cのクソみたいに凡庸なコードに合わせて愛の歌を歌っています。ラバみたいな顔をした若者が愛の歌を歌っています。

足を止めて聴く人は誰もいません。道行く人はみんな彼を無きものと見なして足早に通り過ぎていきます。

それでもそのラバは、目を閉じながら幸せそうに歌うのです。

どう思いましたか?ぶっ飛ばしたくなりません?

 

なんでわざわざ路上で歌うの?

 

なんでわざわざ路上ライブをするのか。なぜこのクソ寒い時期のしかも平日の夜に歌うのか。

amazonが爆速1時間で届くこの時代において、駅前に座り込んで自作の曲を歌うという行為に何かしら有益な要素はあるのだろうか。30秒くらい考えたら結論出たよ。無えよそんなもん。

平日の夜の駅前なんて路上ライバーにとっちゃ考えうる限り最もアウェーなプレイスだ。甲子園のライトスタンドにジャビットくんのぬいぐるみ抱えて乗り込むようなもんだぞ。死ぬぞ。

今から路上ライブという行為のどこがどうダメなのか説明するから、もしこの記事を見ている中で路上ライブやってる方が居たらもうやめてくれ。そのうち疲れたリーマンにぶっ飛ばされるぞ。

じゃあ休日ならいいの?っていう方は、この記事を最後まで読んでもそう思えるのならご自由にやってくれ。

 

誰もあなたの歌を聴きたくない

 

駅前はあなたのものではないし、そこを道行く人はあなたのファンではない。万が一足を止めてくれる人がいたとしても、その人は募金箱に余った小銭を入れる感覚で暇をつぶしているだけだ。恵まれないミュージシャンへの善意なのだ。

あなたがその曲にどれだけ時間をかけて、どれだけ壮大な想いを詰め込んで歌っていたとしても、その辺の他人からすればただのうるさい音だ。放課後の野球部の掛け声とか竿竹屋のトラックとか、そういう音と同じレベルでしか見られていない。

本当にその想いを伝えたいのであれば場所を選べ。世の中にはライブハウスという便利な場所があって、多少のお金を払えば好き放題に歌えるしギターを鳴らせる。誰にも怒られない。ユンボで壁を壊しながら登場したり、鎖のついた鉄球を振り回さない限り。

あなたは知らないかもしれないが、ライブハウスという場所はそこに出入りするお客さんもお金を払うシステムになっている。わざわざお金を払ってまで来てくれるのだから、そこにいる人はみんなちゃんと音楽を聴こうという心構えで来ている。それはあなたにとっても好都合であるはずだ。ボランティアではなく、本当のファンに向かって歌えるのだ。ミュージシャン冥利につきるだろ。

「ファンを集めるための活動の一環です」なんて思う人。今は西暦何年でしょうか、声に出して言ってみよう。

せーの

 

2016年!

 

Windows95が発売されてから21年。初代iPhoneの誕生から9年。Twitterの台頭から8年だ。

この十数年で、人と人のコミュニケーションを取り巻く環境は飛躍的に進化している。より速く、より遠くまで人の声が届くようになった。それは表現活動においても同様に適用される。インターネットを賢く使えば駅前で歌うより何倍もの効率で、何倍もの人々にあなたの音楽を届けることができる。するとチャンスに恵まれる可能性も同じだけ向上するワケだ。

昔の場合はそうではなかった。Youtubeもツイキャスも無かった時代の話だ。当時は「不特定多数の人に音楽をPRする」という目的を最大効率で達成できるのが路上ライブだった。新しいファンを獲るためにも、たまたま業界人に注目してもらえる機会を得るためにも、用意された選択肢の中では路上ライブという手段は割と効率的な方だったのだ。

しかし時代も変わってこの2016年、沢山増えた選択肢の中から敢えて路上ライブという低効率な方法を選ぶのは、喧伝努力の放棄に他ならない。

「俺の音楽は生じゃないと伝わらない」と言うならライブハウスでやれ。「ライブハウスでやるお金がない」と言うなら今すぐ帰ってタウンワーク見ろ。

 

路上ライブは手段?目的?

 

「売れようとは思わない」「路上ライブをやること自体が目的」と言われればちょっと困ってしまう。

反論に困るのもあるんだけど、単純に音がやかましいのに対して困る。もう一つ付け加えるなら(この人、周りの人がどう思ってるか分からないのかなぁ……)って言うか言わないか困る。

平和とか優しさについて歌うならまず目の前を通り過ぎていく人間の気持ちについて慮るところから始めろ。

このクソみたいな社会がどうのって歌うならそのギター売っぱらって拡声器買って永田町行って来い。

愛する人や愛していた人へのメッセージは本人に言え。mailer-daemon。

 

みんなが立ち止まるなら別

 

いろいろ言ってみたものの、結局は立ち止まって聴いてくれて、おひねりを入れてくれる人の数がそのまま答えになる。この動画みたいに数十人が10分ちょっとも聴き入ってくれるのであれば、あなたの音楽にはそれだけの人を惹きつける魅力が備わっていることになるだろう。日本でやったらもれなく警察もやって来るけど。

ただ、世の中は人間で溢れている。立ち止まってくれる人の数よりも、素通りしていく人の方が多いはずだ。運が悪いとその中にスキンヘッドで焦点の合わない目を揺らし、涎を垂らして舌なめずりしながら金属バットをカラカラ引きずるサイコマンがいる可能性だってある。

どうしても路上ライブをしたいと言うのであれば、そういうモンスターとエンカウントする危険性があることを頭に入れておいて欲しい。

可愛い子は別だ。24時間365日いつでも好きなだけやってくれ。許す。

オススメ記事

記事検索

オススメ記事