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syrup16g darc 最近五十嵐の様子がおかしい

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 syrup16gは、本人たちの手を離れてもはや文化になりつつある。ていうか、なってる。

 syrup16gのファンの11割は黒髪か金髪のボブで、JOY DIVISIONのTシャツを着てて、ツイッターのプロフィールには病名か、達観してるっぽい一言が記載されている。IDの末尾には高確率で16gがついており、逆に16gとつけておけば高確率でフォローバックされる。つぶやき内容は主に木下理樹の画像、ODの報告、働きたくない、元カレ、首絞めセックス等について、たまに自撮りを上げることもある。THE NOVEMBERSのライブをオフ会として活用。少々バンド経験があり、使用機材はだいたいテレキャスターかジャズマスター。~ロイター調べ

 このように一部の音楽、アイコン等は時に、一定数の人間に多大なる影響を与え画一化する。暴力的にカテゴライズに押し込むのであれば"サブカルメンヘラ"みたいな呼称が一番しっくりくるか。syrup16gを中心としたサブカルメンヘラコミューンは実際に存在し、これはもはや社会文化や宗教の一種と呼んでも差支えないものと考えている。宗教法人五十嵐隆だ。

 こんなにひどい偏見でないにしても、syrup16gを聴いたことがあり、且つファンでないはない人たちがこの一帯に対して抱くイメージは概ねこんなものである。「あの周りは、怖い」そういう声も耳にする。わかる、なんかみんな私服真っ黒だしサバトの集会みたいだもんな。

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*ART-SCHOOLとSyrup16gの対バンの様子

 表層だけさらうと上記のようなイメージに落ち着くが、蓋を開けてみれば意外とファン層は幅広い。ライブ会場には、普段は部下からの信頼アツそうな40代会社員風の男性から、実家がドン・キホーテみたいな露骨なギャルまで様々。サブカルメンヘラみたいな人たちが中心層とはいえ、もちろんそれ以外のファンも少なからず存在するのだ。

 思うに、よほど上地雄輔やナオトインティライミのようなポジティブの化身でもなければ、人間だれしもが心の裏アカウントみたいなものを持っているんじゃないか。芸人の私生活は暗いと訊く。syrup16gはそんな人間性のネガティブ部分の安寧を担う音楽だ。メンヘラ御用達のイメージが付きまとうが、これは人を選ぶ音楽でもないと僕は思う。誰にでもある心のどこかの部分に作用するポップソングだ。ただただ良い曲、音楽の集合体だ。

 syrup16gなんかさ、みんな聴けばいいのに。むしろミセスグリーンアップルとか聴いてる方が鬱病とかになりそうだろ。僕はそう考えているんだけれど、今回出た最新作darcをきっかけにsyrup16gを聴き始めるのはオススメできないなと思うのだ。ONE PIECEを新世界編から読み出すぐらい無理がある。

 というのも最近、五十嵐様子がおかしい。新譜、darcを聴いてますます思った。


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 最近はこういう、流行り廃りも媚びもなく、ただただバンドしてる、そういうバンドはあまり見かけない。10年以上経った今でも替えの効かないバンドだ。その間に、彼らからとって変わろうとして、ただ無暗にネガティブを叫ぶだけで中身なくsyrup16gの真似事を失敗したようなバンドがいっぱいでてきて、ある程度売れたり売れなかったり、そういうことはいっぱいあったけど結局これを実現できていたのはsyrup16gだけだった。少なくとも僕の中ではそうだ。

 嘘も虚飾もなく、あったこと思ったことを淡々と並べただけの歌詞と、3ピースのシンプルな編成と、カポをつけてオープンコードでコーラスギターを鳴らす、起伏の少ない子守歌みたいな音楽が、なにか誰の顔色も窺ってなくて誰にも気を使ってなくて、そういうシリアスさに真実味を感じて憧れたのだ。

 個人的にはHELL-SEEがオススメだけれど、再結成前のアルバムはどれを聴いてもどこを切り取ってもなぜかSyrup16gで、とてもいい。聴くならそこから入ってみてほしい。

 

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 デスパレードて。セカオワか。

 好きな人ほど「うーん」と思うのでは。インタビュー読んでからアルバム聴いちゃったせいもあるけれど、嫌々仕方なくやっている風にすら聴こえる。過去にもそんな状態、そんな話もあったし、なおさらだ。聴き手が作り手の事情まで考慮して音楽を聴くのはいびつだが、そういう発言を見かけるとそういう風にも聴こえる。だし、たぶんそれらを見てなくても今作に関しては「なんか投げ槍だなあ」と感じていたはずだ。

 

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 これらはなんかもうそういうボケか何かだという風にファンの中では解釈されているが、昨今のTシャツデザインもマジでヤバい。漢字Tシャツ4作目だからな。なぜか"患者"と"生還"に関しては持っている自分もどうかと思う。

 生還、再発、患者、徘徊とか言って、なんかなあ。もともと投げやりというか、無気力感みたいなものは彼らの魅力の一部だったし、そういう部分はあったとは思うんだけど、最近はヘンにそういう感じだ。8曲目のRookie Yankeeなんか

偉い人の言うことはひとつ
“使われるな 馬鹿を騙せ”

 とか言い出したり。もう、嫌々やっている感じが露骨だ。

 ファンの性質上、心酔者が多いので何をどうやっても高評価されがちだけれど、楽曲や新アルバムの出来自体にファンが喜んでいるというよりは「五十嵐が、中畑とマキリンとバンドをやってくれてる」というような、この間のハイスタの件ような、ドラマ性とか存在自体への喜びなんじゃないかと。ライブでは過去曲ばっかり盛り上がってしまうし、そういうぬるま湯のような空気がファンの間に停滞しているのを感じる。

 ファン側がヘンに求めすぎてしまうというか期待しすぎてしまうというか、正直な感想を言えば漫画のスピンオフを読んでいるような一定の距離感を感じるアルバムだ。なんか、心配になる。

 一曲一曲は良いんだけれど、新しいファンを作ろう!みたいな前向きさはなくて、どちらかと言えば「これでいいんでしょう」というような、既存のファンへの申し訳のようなイメージに聴こえてしまう。そんなこと聴く側が思うべきではないんだけどね。

 冒頭で触れた曲名だってそうだし、急に英名で統一したり、ツアータイトルはHAIKAIだったり、なんか様子は、おかしい。インタビューで暗いのはいつものことだけどそれにしてもな調子だったし。

人の気持ちも固有の気持ちも
搾りきって全部で死のう

 活動を続けてくれたらうれしいけれど、死んでまでやってほしいなんていう風には誰も思わないのだ。この歌詞で指されている「偉い人」はどうか知らないけれど。少なくともsyrup16gが好きで聴いている人たちはそう思っているんじゃないか。辞めれない事情とかもあるんだろうけれど、たーまに弾き語りとかライブとかやってくれればほんとにうれしい。そんだけ。ほんとそんだけだ。

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