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あなたにはゆらゆら帝国のかっこよさ、わかるかい

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 「どこがカッコいいのかよくわからんのだよね・・・」なんで?こんなにカッコいいのに!・・・そう答えたいところだけれども、そういう人の気持ちもよくわかる。

 さて、そのゆらゆら帝国。ゆらゆら帝国なんていうワケのわからないバンド名に、眉毛とアゴがない男、腰まで伸びた黒髪の姫カットの男、そして近所の危ないオジサンみたいな風貌の男の3人組というヤバい見てくれ、といったあたりからなんとなく察しがついているとは思うが、一般的なセンスから言えば”変なバンド”だ。ちゃんと音楽性も変なので安心してほしい。

 しかしその変なバンドが結構人気があるのである。惜しくも2010年に解散してしまったが、それでも未だに新しいファンは増えているし、日本語で、日本人に向けて歌っていたのにも関わらず、海外でもかなり評価されている。

 私も最初はそちら側だった。なんでこんなバンドが人気があるのだ・・・と思って手を出したところ、完全にこちら側の住人になってしまった。

 

 さて・・・タイトルにちゃんと「ゆらゆら帝国」と書いてあるにも関わらず、記事を開いてしまったあなたにはどうやらゆら帝にハマる素質がありそうだ。

 今回の記事ではゆらゆら帝国の魅力を解説していくので、この音楽と波長が合うかチェックしてみてほしい。


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普遍的なテーマを独特の方法で表現するバンド


ゆらゆら帝国 - ズックにロック

 こちらのズックにロックは割と初期のころの作品で、ゆら帝初心者の方にもとっつきやすい一曲だと思う。

 60年代の頃の今のロックのルーツになったいわゆるロックンロールのサウンドに、昭和の時代のアンダーグラウンド的なセンスに普遍的な日常を組み合わせたような、ゆら帝の独特な世界観がミックスされた作品だ。

 閉塞感を感じる家の中と、外に広がっている大きな世界が繰り返し対比される歌詞に、呪詛のように繰り返す「俺はもうだめだ」というワード。

 人によってテーマの解釈の差はあると思うが私は、自堕落な自分に呆れてしまったような、そんな感情を歌っているものだと思う。みなさんもこんな経験したことがあるんじゃないだろうか。

 

 持論になるのだが、歌詞の意味、テーマというやつには2タイプあると思う。

 一つはナンセンスな歌詞。ここのナンセンスはセンスが悪いという意味ではなく「意味がない」という意味のナンセンス。最近だと水曜日のカンパネラとかがあてはまるだろう。歌詞自体のテーマが存在せず、言葉の意味よりも語感や響き、言葉の持つ雰囲気を使って表現するタイプの歌詞である。

 もう一つは、普通の歌詞である。愛だの恋だの嬉しいだの、悲しいだのといったテーマを情景やら感情描写やら、時にはストーリーにしたりして歌詞にし、表現するタイプ。

 ゆらゆら帝国をあまり知らない方は、雰囲気的に前者のタイプだと思ってしまいがちだが、実際は後者。

 ちょっと表現方法が独特すぎてナンセンスに見えるだけで、実際は結構わかりやすいテーマをもった曲が多いのだ。

 


ゆらゆら帝国 - 夜行性の生き物三匹

 ハードコア盆踊り。ひょっとこを付けた3人組が躍るだけのMV。

 一見すると全くもって会話が成立しなさそうな、そんな雰囲気を放つこの曲だが、何度か聞いているうちに段々と何を言わんとしてるのかわかってくる。テーマは恐らく深夜テンションのような、何故かわからんがやたら楽しい、という感情を徘徊する夜行性の3人組に例えて歌っているものと思われる。

 いかがだろうか?この世界観。

 確かに変なバンドといいえば変なバンドではあるが、これに波長があってしまう人にとっては下手なラブソングなんかよりよっぽど共感できるのだ。

 

ライブが完全に催眠術

 なんだかんだで、思い返してみれば私も色々なライブを見てきたのだが、その中で一番よかったものはと聞かれると、断然ゆらゆら帝国。

 ライブの良さというのは難しいもので、例えば演奏が上手かったからよかったなんてのから、一緒に行った人との思いでとしてよかったとか、音楽的なものから個人的なものまで色々な観点がある。

 ではゆらゆら帝国のライブはそれでいうと何がよかったのか?確かに彼ら演奏は上手い。そしてライブのアレンジも面白い。どんな曲でも音源に収録されたまんまを再現するものは一切なく、ライブで見たとき、その曲順で見たときに一番響くようなアレンジにして演奏される。それに加えアドリブの巧みさ、世界広しといえどこんなに息のあった演奏をする3人組はそうそう見かけない。

 もちろんそれらも彼らの魅力の一つではあるのだが、私が思う彼らのライブの最大の魅力はその没入感だ。エゲツナイほどの没入感。

 何かに没入してしまうという経験、音楽のみならず映画なり本なりで、みなさんも何かしらで経験したことがあると思う。作品に集中し、入り込んでしまうあの感覚。ゆら帝のライブは没入感が半端じゃないのだ。

 


ゆらゆら帝国 - ソフトに死んでいる

 この映像なんかはゆらゆら帝国のライブの雰囲気が伝わりやすいと思う。

 永遠と繰り返すベースとドラムのグルーブに、深くディレイのかかったボーカル。サイケデリックなギター。それらを結構な爆音で演奏する。

 聴いていると段々と意識が朦朧としてきて、最初のうちは明日の仕事やら学校、恋人・友人関係のいざこざ、様々な悩みが頭から消える。ステージで音を鳴らす三人組に意識が集中していく。そしてその状態が深くなってくると今自分がどこにいて何をしているのか、誰のライブを見ているのか、そもそも自分とは何か・・・などといった全ての雑念が消え去っていく。多分禅の極致はこんな状態だと思う。そして脳みそに空いたポッカリ空いたその空洞にただひたすら音楽が流し込まれ、ゆらゆら帝国が鎮座するようになる。簡単に言えば脳内がゆら帝にジャックされるのだ。

そんなゆるゆる脳内では、発せられる全ての歌詞、言葉が矛盾なく理解できるし、とんでもなく歪んだ暴力的なファズギターが鳴るのも必然性があって・・・。もうコレは最高ですよ。

 違法性・依存性・体への害一切なしの完全合法トリップ。サイケデリックロックが目指す到達点の一つである。

 

 今思えばアレは一種の催眠術だったのだのだと思う。好奇心の強い方は催眠術に是非ついて調べてみて欲しいのだが、ゆら帝のライブは催眠術のメソッドと酷似している。

 ステレオタイプの催眠術でよく見る紐の先に括りつけた五円玉が繰り返すビートで、「リラックスして~」というやつが爆音のギターで、といった具合だ。サイケデリックを追求した結果催眠術とリンクしたのか、音楽的な高みを目指した結果偶然催眠術になったのか、どちらからきたのかは定かではないが、とにかく凄くトリップする。

 

いかがだっただろうか

 さていかがだっただろうか、ゆらゆら帝国。

 解散したバンドのライブの魅力を語るのは、ある種野暮なとこはあるなと自覚はあったのだが、アレだ・・・。語らずにはいられなかったというやつだ。

 一応、ライブアルバムやライブDVDが沢山リリースされており、その場に居合わせた感動とは言わないまでにしても、その空気感はかなり伝わるので、是非手に取ってみてほしい。

 

 ということで波長が合うなと思った人は是非、ゆらゆら帝国の世界に一歩踏み出してみてほしい。このバンドの表現の巧みさ、作品の完成度の高さなど、高く評価されているその理由がわかるだろう。

 最終的には彼らのラストアルバムの「空洞です」を聞いてほしい。ゆらゆら帝国は「空洞です」にて彼らの音楽性が「完全に出来上がってしまった」という理由で解散した。是非そのサウンドを味わってみてほしい。

 では今回の記事はこのあたりで。

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