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谷澤 千尋

2015/09/07

記事

例えば料理はクオリティによって値段が全然違うけど、CDはゴミみたいなのでも同じ値段だよね。

アマチュアバンドの自作CDを買って(半ば買わされて)そう思った。

練習スタジオに併設されているパック料金で録音ができるレコーディングスタジオで制作したものと、
一流のミュージシャンの演奏を一流のスタジオで一流のエンジニアが録音したものとが同じ値段で売ってる。
現状はそれに近いが、それは一体いかがなものだろうか?

例えば料理に置き換えてみれば、
回転寿司のチェーン店、100円均一の店で10皿食べておなか一杯になったとする、出費はおよそ1000円だ、
逆に銀座の回らない寿司店でおなか一杯食べると、行ったことがないのでよくわからないが5万くらいするのだろうか。

料理では、そのクオリティの差で発生する代金に雲泥の差があるが、
かたやCDに関して、国内版であれば2000円から3000円程まで、クオリティに関係なく値段が付けられている。

 

また、「このCD、1000円しかしなかったけど、めちゃくちゃクオリティ高かった、このCDめっちゃコスパ良かった」とか
「AというアーティストのCDを買おうとしたけど、3000円もして高かったから、こっちのBというアーティストの1000円のCDを買った」
なんて言ってるやつがいたとしたら何言ってんだコイツ?となるに違いない。

我々は「ワンコインでおなか一杯食えておいしいランチ」とかいった”コスパ”を気にする割には、
こと音楽に於いてはあまり金額の大小を気にしない。
金銭と音楽とを別次元で考えられるのは喜ばしいことではあるが、実際には金は動いているし、資本主義社会においては金を動かさずには音楽は生まれない。

ということで今回は音楽の”金”の部分に関して少し考えていきたいと思う。

そもそもこの話はなりたたないのだが

「例えば料理はクオリティによって値段が全然違うけど、CDはゴミみたいなのでも同じ値段だよね。」
こんなタイトルで書き出しておいて早速だが、そもそもこの話は成り立たない。
なぜならCDはコピーできるが、料理はコピーできないからだ。

原版を制作するのに掛かる費用はそれぞれ違ったとしても、
製品としてケースに入ってブックレットが付いたCD自体の原価は一緒なのである。
”モノとして販売されるCDの原価は一緒”理由としてはもっともらしさがある。
だがしかし、どうだろう。
冒頭に書いた疑問、というか違和感のようなものはイマイチ晴れる気がしない。

もう少しツッコんで考えてみよう。

 

制作費のペイ

レコード会社等に所属していないバンド、要はアマチュアのバンドが自分達のCDを2000円にて販売していた。
そしてその2000円という数字はどこから出てきたものなのか聞いたことがある。

返ってきた答えはこうだった
「大体100枚ぐらい売れる予想がある、制作に掛かった費用が20万円程度だから、その制作費をペイするためにこの価格になった」
なるほど、理にはかなっている。

要するに
制作費に20万円掛かりました。
1枚2000円のCDを100枚売って20万円入ってきて、制作代がペイできました。

ということである。
※話をわかりやすくする為にモノとしてのCDの原価やプロモーション費、CD店やレーベルの取り分などを省いている

同じ理論で制作に200万円かかったCDのことを考えてみよう
制作費に200万掛かりました。
1枚2000円のCDが1000枚売れて200万になって制作費をペイできました。

話を凄くシンプルにしたが「売れる枚数を想定して制作費をペイした場合の理論」だとこうなる。
そう考えればアマチュアバンドのCDの2000円という価格は適正価格ということだ。
めでたしめでたし。

 


 

だが、めでたしめでたしなのは制作側の話である。
消費者側からしてみれば、同じ2000円を支払って聴くことのできるサウンドが
アマチュアバンドのCDの場合20万円分のサウンドで、
金のかかったCDの場合200万円のサウンドなのである。
消費者の側からしてみれば、アマチュアバンドのCDを買った場合、明らかに損を被ることになってしまう。
(制作費を掛ければ良い作品になるとは限らないが、ここではそういうことにして話を進めたい)

じゃあ適正価格を、例えば制作費の1000分の1にしたとして、
制作に200万掛けたCDの販売価格は2000円、
制作に20万掛かったCDの販売価格は200円が適正。
かと言われればそうとも、それはそれで全く適正ではない気がする。
先ほど省いた部分をここで復活させると恣意的なように感じるかもしれないが、
「制作費=音楽の良さ」ではないからだ。

だが、「制作費=音楽の良さ」ではないことを最初の
「売れる枚数を想定して制作費をペイした場合の理論」に当てはめてみると、やはりそれも適正ではなくなってしまう。

 

再販制度

先ほどまではアマチュアバンドといわゆる市販のCDの値段がどうこうという話だったが、
元を辿れば、そもそも何故CDがこの価格なのかというところに行きつく。
言われてみれば日本で販売されているCDの価格は大体2000円から3000円の間である。

最近ではアップルミュージックなどが日本にも進出してきて、月々1000円ほどで数百万ものの曲が聴き放題となる。
実際この価格では音楽業界はクソしんどそうではあるが、改めて音楽の価値について考える良い機会なのではないだろうか。

何故、100円ぐらいの激安CDや1万円を超える高級CDはなく、どれも2000円から3000円の間に収まっているのか。(一部古い音源の再リリースやプレミア価格のCDもあるけども)
その理由について諸要因あるが、主要な要因としては”再販制度”が絡んでいるといわれている。

再販制度、簡単に説明すると、
「一定期間の間は定価で販売しなければならない」という制度である。
日本では音楽のほかには書籍、新聞とタバコが再販制度の対象である。
逆に例えばゲームは対象外であるので「鳴り物入りで販売されたにも関わらず、内容がイマイチすぎて発売から程なくして定価の半額で売られる」なんて事態がちょくちょく起きるのである。

これによって価格が保護されていることで、
何年も前に決められた大体2000円から3000円という価格を未だに使い続けているのだ。
もっとも、状況が変わったからといって値段を下げたところで、今さらこの時代にCDの販売枚数が伸びるわけもなく、単純に売り上げが下がるので値下げされるようなことはないだろうが。

そして、アマチュアバンドのCDの価格も市販のCDの”適正かどうかわからない価格”に合わせて決められているのだろう。

 


 

因みに日本以外の諸外国では再販価格は撤廃されている。
洋楽のCDが輸入版が大体1000円、国内版で日本語訳とライナーノーツが付くと、それが2000円から3000円程まで跳ね上がるのは、それの現れである。

 

明確な答えはないが、かといっていつまでも考えないでいるわけにもいかないでしょう。

アマチュアバンドのCD、一部の「天才のデビュー前」みたいなものを除けば、料理に例えていうならば”小学生5年生の娘が学校の調理実習で覚えて作った手作り料理”みたいなものだと思う。
娘の手作り料理、親や祖父母にしてみれば銀座の寿司なんて比べ物にならないほど、価値のあるものである。
しかし、その料理で喜ぶのは精々二親等までである。
もしも「会社の上司の娘が初めて作った手作り料理」を食わされたとして、いかがなものだろう。

”小学生5年生の娘が学校の調理実習で覚えて作った手作り料理”と”銀座の回らない寿司店”の料理が同じ値段であるのは果たしてどうなのであろう。
ポジティブに考えれば、クオリティによって壁がなく喜ばしいものであるという捉え方もできるが、
音楽を購入し、文化を支えてくれる消費者のことを考えれば一考の価値はあるのではないだろうか?
 


 

今回の記事、どこまでいっても妄想の域をでることのできない、不毛な考えではあったが、
同様にどこまでいっても金と音楽を完全に切り離すこともできない。
理想は金銭のことを考えずに音楽をどうこうできることであるが、実際には不可能である。
そして、アマチュアもメジャーもCDの価格については、時と場合、事情や様々な要因があるので、値段に関して具体的にどうこう言うつもりはない。

風呂敷を広げまくっておいてどうかとは思うが、今回の記事が音楽と金について考える種の一つにでもなれば幸いである、という形で締めよう。

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