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KaiyuKOBA

2015/09/07

記事

「テレビバラエティ史」を彩った「音楽」たちPart.1

ポップ・アートを代表するアーティスト、アンディ:ウォーホル(Andy Warhol、1928年8月6日 –
1987年2月22日)はかつてこう言った。

「15分で誰でも有名人になれるだろう (In 15 minutes everybody will be famous.)」と。

今回の記事は、15分どころか、一般の人の耳に届くのはわずか10秒足らずであろうテレビバラエティに使われた
BGM、挿入歌、テーマソングが主題である。(ちなみに日本の、しかも80年代後半から2000年代中盤までである。)

なお今回の記事では地下室タイムズが純粋な音楽サイトである事を考慮し、コント映像や番組のイメージ図は
基本的には貼らない形で進行させて頂くこととする。

またアイドル番組や音楽番組も、基本的には除外してある、司会をしているアイドルの曲が使われるのは当たり前
の事であるし、音楽が流れない音楽番組は存在しないからである(つまり、番組中で使われる曲が多すぎる。)

※事前に書いておくが、この記事は数多くの取りこぼしがある事をここでお詫びしておきたい。

 

第一部 バラエティ番組の出発点(何を持って始まりとするか)

そもそもテレビ番組とはいつから始まったのだろうか?
少なくとも、筆者が生まれた時には、テレビというものは、当たり前のようにそこに存在し、
一般家庭の風景の一部と化していた。

1953年2月1日、公共放送という名目でNHKが放送を開始し、その後を続くようにして、1953年の日本テレビ、
1955年のラジオ東京(現・TBSテレビ)、1956年の大阪テレビ放送(現・朝日放送)並びに中部日本放送が開局した。

テレビ局が開局して今日まで、それこそ数多くのテレビ番組が作られてきたことは言うまでもないが、
今回のお題は“バラエティ“なのである。

なにをバラエティの始まりとするかは、とても悩む事だが、(クレイジーキャッツか、ザ・ドリフターズか、
欽ちゃんファミリーから始めるかなど)音楽史との兼ね合いなども考え、
今回、この記事では筆者の独断と偏見で、「オレたちひょうきん族」から始める事とする。

(実際、クレイジー・キャッツやドリフは元々がミュージシャンであるから、身近に音楽が流れているのは、
必然のような気がするし、前者(前の二組)はバラエティというよりはエンターテイメントという方がしっくり
くる気がするからである。)

『オレたちひょうきん族』(オレたちひょうきんぞく)

フジテレビ系列で1981年5月16日から1989年10月14日まで毎週土曜日20:00 – 20:54(JST)に放送されていた
お笑いバラエティ番組である。通称「ひょうきん族」「ひょうきん」。

『オレたちひょうきん族』は通称「ひょうきん族」で親しまれた80年代を代表するバラエティ番組であり、
ビートたけし、明石家さんま、島田紳助、片岡鶴太郎、コント赤信号など、今でも活躍するビッグネームが数多く
出演し、「タケちゃんマン」、「ブラックデビル」、「知っとるケ」など多くの人気キャラクターがここで生み出された。

そして、その「ひょうきん族」でエンディングテーマ曲として使われていたのが、
EPOの「DOWN TOWN」であり、山下達郎、大貫妙子、伊藤銀次など番組に負けず、
こちらもビッグネームが在籍していたバンド「シュガー・ベイブ」の1975年発売「SONGS」からのカバー曲である。

続いて取り上げるのは、

『夢で逢えたら』

『夢で逢えたら』(ゆめであえたら)は、フジテレビ系列局で放送されたフジテレビ製作のバラエティ番組。
正式タイトルは『夢で逢えたら - A SWEET NIGHTMARE -』( - ア・スウィート・ナイトメア)。製作局の
フジテレビでは1988年10月13日から1991年11月30日まで放送。

『オレたちひょうきん族』が終わるのと入れ替わるようにして、深夜枠ながら徐々に人気を高め、深夜番組
としては、異例の最高平均視聴率20.4%(初回平均視聴率は16.8%)を誇っていたのが、『夢で逢えたら』である。

後にお笑い第三世代の代表的存在となるダウンタウン、ウッチャンナンチャンが共演し、脇を野沢直子、清水ミチコ
が固めるという今ではとても実現できない豪華なバラエティ番組である。

『夢で逢えたら』が放送されていた90年代初頭はちょうどバンドブームに引っ掛かっていた事もあり、
番組には、ユニコーンやTHE BOOMら売り出し中の若手人気バンドが数多く登場した。

そんな中から、番組のエンディングにも使われたこの一曲。


(当時のPVが使いたかったが、著作権の関係でNGだった為、再始動ライブのものを。)

今から考えるとユニコーン(特に奥田民生)って、日本のロックバンドで一番最初にバラエティ番組に溶け込めた
バンドだったのかなと、(その後のダウンタウンとの交流やPUFFYのプロデュースとかを思い出して)、考えてもみる。
(勘違いしないで頂きたいのは、別に溶け込まないといけないというわけではない。)

 

第二部 テレ朝、テレ東へ

ここまでフジが続いた為、趣向を変えて今度はテレ朝から、

『トゥナイト2』

『トゥナイト2』(TONIGHT 2)は、1994年4月4日から2002年3月28日までテレビ朝日系列で放送されていた
深夜の情報とバラエティ系のワイドショー番組である。

『トゥナイト2』は1980年代から続いていた『トゥナイト』を引き継ぐ形で、石川次郎を司会に据え、山本晋也、
北野誠、乱一世ら個性派リポーター陣を中心とし展開していた番組である。

この『トゥナイト2』のオープニング曲になっていたのが、1980~1990年代に米米CLUBのホーンセクション
としても活躍したBIG HORNS BEEの「BLOWZ JOB」である。

筆者はこのエロスと教養を上手いこと絡めたこの番組がとても好きだったが、
BPOの厳しい昨今のテレビ業界では、まず復活は不可能であるといえる。

『トゥナイト2』が始まりおよそ2年後、テレビ東京で前番組の『浅草橋ヤング洋品店』を引き継ぐ
形で、1996年4月からスタートしたのが『ASAYAN』である。

『ASAYAN』

『ASAYAN』(あさやん)は、テレビ東京で1995年10月1日から2002年3月24日まで毎週日曜日21:00 -
21:54(JST)に放送されていたバラエティ番組である。部類はリアリティ番組になる。
「夢のオーディションバラエティー」として、小室哲哉やつんく♂などのプロデュースで、鈴木亜美やモーニング娘。、CHEMISTRYなど数多くのアーティストやタレントを輩出した。

飛ぶ鳥を落とす勢いだった当時、若手筆頭格のナインティナインが司会を努め、前途にもあるが小室哲哉、
つんく♂など大物音楽プロデューサーが番組に深く関わっており、『ASAYAN』が放送された次の日の月曜日は
必ず話題に上るほど、特に中高生を中心として絶大な人気を誇っていた素人参加型のオーディション番組である。

『ASAYAN』の人気ぶりについては、今でも関係していた芸能人がテレビに登場しているし、
周りにアラサーの人間がいるならば、聞いてみるのも良いだろう。
(今のEXILEだってここから生まれたんだよ〜。)

この番組では、独特なカット割りとテロップに句読点を多用するタカハタ秀太
(テレビディレクター、映画監督)が演出を努めており、とにかく(絵面が)おしゃれで斬新な番組となっていた。

番組がおしゃれという事は、使われている音楽もおしゃれという事で、番組の進行通りの順番で紹介していきたいと思う。

まず最初に
「Fatboy Slim - Break In」、「Propellerheads - Crash!」

辺りがかかって企画が始まり、企画の中盤では、

「STRETCH&VERN - get up! go insane! (Fatboy Slim Remix)」、「Santana Feat. Rob Thomas - Smooth」

辺りがかかって進行を盛り上げていったところで、

「The Cardigans - My Favourite Game」、「Shocking Blue - Venus」


( 「Shocking Blue - Venus」は違う番組紹介で使うため、あえて外した。)

辺りがかかって、「この後、いったいどうなってしまうのか〜」と、川平慈英か松尾貴史のナレーション(叫び)
が入って、続きは次週というお決まりのパターンがあった。

 

第3部 再びフジテレビへ

テレ朝、テレ東と流れて再びフジテレビである。
次は、かつて放送されていた深夜番組『とぶくすり』の出演メンバーが、『とぶくすりZ』『殿様のフェロモン』
『めちゃ×2モテたいッ!』と断続的な変遷を経て本格的に再集結した番組、『めちゃ×2イケてるッ!』である。

『めちゃ×2イケてるッ!』

『めちゃ²イケてるッ!(めちゃめちゃいけてるっ!)』は、フジテレビ系列で1996年10月19日から毎週土曜日の
19:57 - 20:54 (JST) に放送されているバラエティ番組である。

『ASAYAN』でも司会を努め勢いに乗っていたナインティナインを中心として、よゐこ、極楽とんぼ、オアシズ、
鈴木紗理奈、雛形あきこ、武田真治らがレギュラー陣を努め、1996年10月から2014年現在でも放送が
続いている長寿番組である。

初期には、コント半分、企画、コーナー半分というバランスで番組づくりが行われてきたが、
徐々にコントが放送される回は無くなり、現在はコーナーが時間の大半を占め、
不定期に企画モノで2,3時間スペシャルが組まれるという構成である。
 
めちゃイケに関しては、とにかく番組そのものが始まって長いので、なかなか一言で言い表す事ができない。
(そもそも番組自体まだ終わっていないし、終わりかけてるなんて声は聞かれるけども、、、)

率直に曲の方に話を移そう、めちゃイケ開始当初に主題歌を務めていたのは、
1993年「POWER OF LOVE」でデビューし、
1995年、永作博美出演のCM、「TOYOTA COROLLA ツーリングワゴン」に「Over Drive」が起用され、
一気に全国区となり、一躍トップバンドの座に上り詰めた「JUDY AND MARY」である。

【CM 1995】TOYOTA COROLLA ツーリングワゴン 30秒


(余談だが、 JUDY AND MARY解散Liveの最後の曲も「Over Drive」であった。)

「Over Drive」は結局、約60万枚の売上を記録、
その後も「そばかす」、「クラシック」などのヒット曲を飛ばし、
この年「第47回NHK紅白歌合戦」に出演したJUDY AND MARYはその人気を不動のモノにした。

「EPIC Sony Hello! Orange Sunshine JUDY AND MARY cm」

「ちなみに筆者個人としては、JUDY AND MARYももちろん良かったが、シャ乱Qの楽器隊が組んだバンド、
スーパーテンションズのANNIVERSARYもかなりのお気に入りだった。(←歌もコンセプトもゆるいんだけど、
歌詞が良いんだよ、意外と)」

Part.2に続く。

 

まとめ

今回の記事は本当は(分割せず)一つの記事として、まとめて書き上げる気だったが、筆者が読み手であった場合、
これ以上タラタラと続けられてもダルいな〜という事で、ここを一つの区切りとして終える事とする。

最初に書いた注意事項の続きという事で、テレビというメディアは自分の部屋でボケ〜と見ている時には
想像もできない程、多くの人間が関わっているものである。(テレビ離れが進んでいるとか言われている現在でも、
その構図はほぼ変わっていないであろう。)

今回「テレビバラエティ史」の「音楽」という記事を書き上げたが、様々な人間の、様々な思い入れがあるため、
いろいろ批判的な考えを持たれる事もあるかもしれないが、拙筆の一文だと一笑に付していただきたいと願う。

以上。

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