珍楽器探訪:メロトロン 60年代の未発達技術の中生まれた味わい深さ全振り楽器
楽器の進化と発展、という側面からみたとき今の時代を生きている我々はとても損しているように思う。
音楽の発展と楽器の発展は相当密接な関係にあって、例えばエレキギターがなかったら今のロックは生まれてなかっただろうし、エレキギターを過入力して歪んだことによって生まれたディストーションサウンドがなかったら、メタルとかパンクとかも生まれなかっただろうし、今とは全く違う音楽が生まれていただろう。
楽器の発展という意味で一番面白い時代は個人的には50,60年代あたり。日本はちょうどカラーテレビが普及し始めたころの時代だ。
この時代は音楽文化の成熟や、電気技術の発展、そして画期的な楽器を発明することができれば一発逆転できるチャンスと、何故かチャレンジ精神があり過ぎる人達、それらがちょうど重なっているのか、やたら新楽器が開発されていた。51年にはエレキベースが発売、エレキピアノは開発自体はもう少し前だが、普及したのはこの時代。ギタリストが足でちょこまか操作してるエフェクターが今の形になったのもこの時代。モーグ・シンセサイザーも一応ギリこの年代ちゃこの年代。今の時代まで繋がる楽器たちの多くはこの時代に成立したものばかりだ。
さて、そんな名楽器たちの中に紛れて生まれた珍楽器が今回紹介するメロトロンという楽器である。
鍵盤を押すとテープが再生されるというヤバい発想
「CDプレーヤーを何台も並べてリズミカルに再生・停止ボタンを押したら演奏になるんじゃないか」という妄想、みなさんはしたことがあるだろうか。まあ別にそんな意味わからん妄想してなくても全然構わないのだが、このメロトロンという楽器、それを実際にやってしまったのである。
この動画でポールマッカートニーが弾いているスタートレックにでも出てきそうなずんぐりとした見た目のキーボードがメロトロンである。
一見するとピアノとかオルガンかなんかの一種かのように見えるが、中身は全く別物。ピアノは鍵盤を叩くとハンマーが弦を叩いて音をだし、リードオルガンは鍵盤を押すと空気が流れて音をだすが、メロトロンはというと鍵盤が押されると内蔵されたテープが再生されるという仕組みで音がでる。
今でいうサンプラー・シンセサイザーを当時のアナログ技術で無理やり作ってしまったのがこのメロトロン。
今じゃ鍵盤を押したらバイオリンの音がする、なんてのが当然のように存在しているが、当時としてはこれが画期的だったのだ。
動画の前半では鍵盤を押すとバンド全体の音がでるが、これもテープに録音されたものを再生するだけという仕組みのメロトロンならではの技。
テープを取り換えることで色々な音色を出すことができるのである。代表的な音色はビートルズのストローベリフィールズフォエバーで使われたフルートの音色や、ローリングストーンズの2000光年のかなたやキング・クリムゾン「クリムゾン・キングの宮殿」で使用された3ヴァイオリンなどがある。
The Rolling Stones - 2000 Light Years from Home
欠点と魅力
テープを再生するという今の時代から考えれば無茶な手段ではあるのだが、一応当初の目標の一つである鍵盤楽器でも管楽器や弦楽器の音を演奏することは達成できた。演奏がメロトロンにとって変えられると危惧したミュージシャン達から「メロトロンで代用されると俺たちの仕事がなくなる」なんていう声明まででた。
ただ実際のところ生演奏代用になることはなかった。結局テープに録音したり発音方式が違ったりなどの理由で、録音されている楽器とは似ても似つかない独特の音色になってしまっているためだ。音程も妙に不安定だし。
バイオリンの音源はまだ、オーケストラ風な使われ方もされることもあったが、特にフルートの音色は独特の音がするキーボード的なニュアンスで使わることが多かった。
Beatles - Strawberry Fields Forever
ビートルズのコレとかが代表例である。言われなきゃ元々フルートの音色だって気づく人は殆どいないと思う。
このなんとも言えないローファイ感と、メロトロンでしか得られない独特のキーボードサウンドが魅力なのである。
ちなみに余談だが、結局メロトロンによってはミュージシャンの仕事は奪われることはなかったが、時代が進んでデジタルでシミュレートできるようになった現在、かなりの勢いでシミュレートにミュージシャンの仕事が奪われる結果になってしまった。特にドラムとかはシミュレートでも比較的良い音がでる上に、ドラムの録音自体が結構大変なので、結構な頻度で打ち込みが使われるようになっている。なんというかメロトロン、時代を先取りし過ぎた感がある。
とまあメロトロンでしかでない音があった上に今まで例に挙げたビートルズ、ローリングストーンズ、キングクリムゾンなどの有名バンドが積極的に取り入れたことがあって、当時は割と使われることが多い楽器だった。
ただ残念なことに現代ではほとんど廃れてしまっている。欠点が多すぎたのだ。
テープを再生するという機構の都合上「8秒以上音を伸ばすことができない」「ピッチがズレる」「複数の鍵盤を同時に押さえると音程が下がる」「テープが傷みやすい」「重いしすぐ壊れる」などといった楽器としては致命的な欠点だらけだったのだ。
その後70年代に入ってシンセサイザーが普及し始めると、色々と厄介だったメロトロンは徐々に使われなくなっていった。
ちなみに余談だが、メロトロンの同時代によく使われていたハモンドオルガンという楽器も主に重たい・デカい流行り過ぎたので飽きられたという理由からシンセサイザーにその座を奪われて廃れていった。
メロトロンの魅力がおわかりいただけただろうか
さて、いかがだっただろうかみなさん。
私はこのメロトロンという楽器が大好きなのだ。独特の優しいようでちょっと不安定な音色も好きなのだが、その上全体的に欠点だらけなところが最高に可愛くて好き。
ちょうど「2001年宇宙の旅」とか「惑星ソラリス」みたいな古いSF映画を見ているような感じだ。今みたいにCGを使ったVFXが一切ない時代に工夫と奇抜なアイデアで未来を描こうとするあの感じ。メロトロンからはアレと共通するような魅力というか味わい深さみたいなものがあると思う。
今回の記事でメロトロンファンの同志がちょっと増えたら嬉しいなと思う。
ということで今回はこのあたりで、最後はメロトロン曲の中でも一番の名曲キングクリムゾンのクリムゾンキングの宮殿でお別れしよう。
King Crimson - In The Court Of The Crimson King
この曲のレコーディングの際にはメロトロンでオーケストラっぽく聞こえるように色々頑張ったらしいが、やっぱ改めて聴くと全然違う楽器だな。やっぱメロトロンいいなぁ。