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すでに真冬だが、SHISHAMOの『夏の恋人』の良さを語りたい

本題に入る前に、長めの前置きを。

SHISHAMOは2013年にデビューした。新しいアーティストが出てくれば既存の何かと比べられるのが世の常で、SHISHAMOの場合、「aikoに似ている」とか「チャットモンチーに似ている」という評判をよくきいた。

私はaikoもチャットモンチーも好きである。とくにaikoは非常に熱心に聴き込んでいる。「じゃあSHISHAMOも聴こう!」となるかといえば、むしろ逆で避けていた。このへん人間心理の不思議なところで、本当に特定のミュージシャンを好きになるほど、「似てるよ!」と言われて聴く気が失せるのである。

どういうことか? aikoとSHISHAMOを「音楽全体」のなかで見れば、同じ箱に入るのは私もわかる。aikoとSHISHAMOとEXILEとレディオヘッドと美空ひばりとドビュッシーを並べられれば、そりゃ私も「aikoとSHISHAMOは似てる」と言う。それは認める。

しかしそうではなく「細部」がぜんぜん違う。そして人が「似てるからおすすめ」と言うときは、たいてい全体で判断して言っている。細部なんか無視して言っている。だから対象がマジで好きなものになり、細部まで聴き込む状態になるほど、こういうおすすめを信用できなくなる。

全体でパッと判断して「aiko好きにおすすめ」とか言われても困る。それは長髪でひげづらの男を指さして「あいつもキリストに似てるよ、おすすめ!」と言うようなもの。キリスト教徒は激怒する。「んじゃそっちも信じてみよっかな!」とはならない。

そんな面倒なことを勝手に考えていたので、まともに聴いていなかった。しかしSHISHAMOはボーカルの見た目も妙にaikoに似ているし(背が低くて華奢、顔もなんか似てる)、下の名前を調べたら「朝子」だし、こうも一致すると陰謀論者みたいな気分になってくる。何なのか、一度くらい、ちゃんと聴いたほうがいいのか!

以上、ここまで前置き(長いっすね)。

ということで去年の夏、『夏の恋人』という新曲を聴いて完全に持っていかれたという話。この曲が良くて一気に関心を持った。そして既発アルバム3枚を聴いた。1stと2ndはいまいち乗れなかったが、3rdはすごくいいと思った。『熱帯夜』もいいし『女ごころ』もいい。『笑顔のとなり』もいい。SHISHAMOのミドルテンポの曲はすごくいい。

ということで、きっかけになった『夏の恋人』について書く

『夏の恋人』の歌詞を読む

『夏の恋人』は以下の歌詞ではじまる。

今日も目が覚めて聞こえるのは
蝉の声とあなたの寝息
こんな関係いつまでも
きっとしょうもないよね

このあたりのふらふらしたメロディがすごく良い。どこに着地するか分からないまま進んでいく。たしかにaikoに似ていると思った。aikoもまた不安定なメロディを線の細いボーカルで歌う人だからである。それがそのまま歌詞で描かれる不安定な人間関係と結びついている。

SHISHAMOもそうである。「こんな関係いつまでも、きっとしょうもない」からこそ、声は細くなり、メロディは揺れる。まさに、声・歌詞・メロディの三一致。名曲の条件である。

さて、この曲は本当に「しょうもない」関係を扱っている。具体的に見ていきたい。

まずは冒頭の「今日も目が覚めて聞こえるのは、蝉の声とあなたの寝息」である。みもふたもなく言ってしまえば、しょっぱなから「ヤッた翌朝」の描写である。それに「今日も」である。この女は毎朝、「蝉の声とあなたの寝息」を聞いて目覚めている。

じゃあ二人は付き合ってんのかと考えたくなるが、「こんな関係いつまでも、きっとしょうもない」のであり、「だけど夏が終わるまで」なのである。さらに「きっとあなたもそう思ってるんでしょう?」とまで続いてしまう。

もう、この導入だけで、ものすごく「しょうもない関係」だと分かる。要するに、この女と男は曖昧な関係にあり、それを明確にしないまま、なんとなくセックスはしている。しかも「きっと泣くのは私の方」なのである。ここから想像されるのは、自分は相手にホレているが、むこうはそれほどでもないという状況である。

ここから完全な決め付けモードに入るが、相手は売れないバンドマンである。二十代後半で見た目はよく、地元ではモテる。しかし金は持っていない。売れる気配もあまりない。主人公はそんなどうしようもない男と曖昧な関係を続けている。

公園では夏休みの子供達 それを眺めながら
またあのじめじめした部屋に帰る
大人になんてなりたくないなぁ

主人公は「大人になんかなりたくないなぁ」という。「大人になる」とはどういうことか? 「関係をはっきりさせる」ということである。たとえば典型的な大人は言うだろう。変な男とふらふら遊んでないで、ちゃんとした人を見つけなさい! これが「大人の意見」である。

歌詞で描かれる男はどんな男か? 「潰れかけたコンビニ」で「いっつも一番安いシャーベット」を買うような男である。そして女といっしょに「じめじめした部屋」に帰るような男である。こんな男が、「ちゃんとした人」であるわけがない。

 

主人公は別れを決意する

よって、主人公の女は二つの状態に引き裂かれている。自分はどうしようもない男にホレているが、同時に、この不安定な関係を続けるべきか迷っている。『夏の恋人』は「どうしようもない男となんとなく付き合っている女が、別れを決意する歌」として聴けるのである。

そう解釈した時、サビ前でスッと息を吸い込んで歌われる「だから今!」という声にしびれる。この関係を切断するのだという、強い意志が感じられる。しかしそう簡単にはいかない。後半のサビでは「もう一人の私が私を引き止める声」が聞こえてくる。声は言う。

「このままでもいいじゃない
この夏に閉じ込められて
一生大人になれなくても」

「閉じ込められる」という表現は、先ほどの「じめじめした部屋」のイメージを呼び寄せる。冒頭で描かれた「蝉の声とあなたの寝息」が聞こえる部屋である。なぜ蝉の声が聞こえるのか? 家賃が安いからである。これがハイグレードマンションだったなら、蝉の声など聞こえない(防音がしっかりしている)。「じめじめ」もしていない(冷暖房が完備されている)。

どうしようもない男の住む安アパートの一室だからこそ、じめじめしており、蝉の声が聞こえるのだ。その部屋に閉じ込められるのが「この夏に閉じ込められる」ということである。「一生大人になれない」ということである。しかし女は「だから今!」と言い切った。「もう一人の私」に呼び止められながらも、最後は別れを決意するのである。

きっと泣くのは私の方だけど
さよならするよ
だめね、私

かくして曲は終わる。女は泣きながら男に別れを告げた。最後につぶやかれる「だめね、私」ということばは重い。これは形式だけの自虐ではない。「ほんとにだめだな……」という感じ。ものすごくリアル。

そしてこんなテーマの歌は、やはり線の細い声でふらふらと歌ってこそ説得力がある。たとえばこの歌を和田アキ子が野太い声でソウルフルに歌い上げたところを想像してみればいい。リアリティは一瞬で崩壊する。この歌に説得力を持たせるには、宮崎朝子の声が必要なのである。以上。

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