ASIAN KUNG-FU GENERATION ソルファ(2016)と賛否と12年
「ソルファの再録版が出た」
そう切り出したのは24才の友人であり「マジか」と返事を返したのはやっぱり俺と25才の友人のみだった。テーブルの対岸にいたハタチと32才はピンと来ない顔をしていた。
すごいことなんですこれは。当時アジカンとNARUTOと鋼の錬金術師をセットで直撃していた僕ら20代中盤の人間からしたらば、ポールの来日よりもゴルスタの閉鎖よりも衝撃。例えるなら、アローラの姿とか、成宮くんの引退とか…、ダメだ。なんか全然伝わらんぞこれ。
運動部とケツメイシとマツケンサンバに居心地の悪さを感じていた当時の12才たち。彼らの逃れた先には必ず「オタクになるか」「サブカルになるか」このDEAD or DIE!!な二択が待ち受けていた。中世の魔女狩りと何ら変わらない社会構造。今の中学生たちに置き換えても、ケツメイシがEXILEにすり替わるぐらいのことで全く同じ状態が再現されていることだろう。
そこでオタクを選んだ者は涼宮ハルヒ、灼眼のシャナ。サブカルを選んだ者はバンプ、エルレ、アジカン。半ば強制的に、学校指定の教科書を買うようにこれらを手に取った。今思えばこの時僕らの一生は決まっていたのだ。
ソルファはそんなASIAN KUNG-FU GENERATIONの2ndなんだけれど、多くの人はこの2ndからアジカンを聴き始めていた。
1stの君繋ももちろん名盤中の名盤なんだけれど、当時の中学生たちは1stアルバムから騒げるほど情報が早くない。ツイッターどころかmixiすらまだなかった時代だ。2004年、連絡事は基本電報か伝書バトだった。NARUTOと鋼の錬金術師のタイアップでアジカンを知ってソルファから君繋ファイブエムに流れていっていた、というのが大半の動向だった。
言ったらばこんなもん青春のイメージの塊みたいなもので、ソルファ聴いて君繋聴いてNGSからナンバガを聴いて、今ジャズマスターを弾いてる邦楽ロックの人たちは全員アジカンの子供みたいなもんである。一切影響を受けていないやつなんか、ほぼいないんじゃないか。
そんなわけで、いい年こいて未だに楽器弾いたりCD買ったりしている25才前後の人間はほぼ確実に全員漏れなくこの"ソルファ"というアルバムを、ケースをバキバキにした状態で実家のどこかに保管しているのだ。発売当時はいちいちケースから取り出してCDプレーヤーに突っ込んで聴き、大学生になってiPhoneになってもiTunesに突っ込んで通学バスで飽きもせず聴いていた。ソルファは僕らのデフォルトミュージックになっている一枚だ。
それがね、再録ですよ。聴くでしょそんなの。
賛否
とは言うものの、聴くのがなんかちょっと怖くて発売から数日後にやっとソルファ(2016)を聴いた。
同窓会、お前が小学校の時好きだった戸刈さん来るらしいぜ…!みたいな。いや好きだったけどさ、怖えって。めっちゃギャルになってて乳首にピアス開いたりしてたらどうするんだよ。ならいっそ思い出は思い出のままで…!ぐらいの気持ち。ソルファに対しては戸刈さんぐらいへの想いがあった。
先駆けて今年の3月に発表されたRe:Re:の再録版が、結構アレンジされていたのも不安の一つだった。これライブアレンジの録音なんだけれど「ほかの曲もこのくらい思い切って録りなおすのかなあ」と。
で、結局発売から数日経ってから恐る恐る聴いたんだけれど、結果的にはすげえ良かったです。戸刈さんは昔よりかわいくなってたし、ゴッチは確かに年を取ったけど年の分やっぱり先に進んでいた。毎日聴いてる。
再録版に対して、結構な数の人が「なんか違う」「前の方が良かった」と言っていてビックリした。なんか違う、ってお前、まったく同じだったら出す意味ないだろ…
でもそうやって言う気持ちもちょっとわかるというか、やっぱりアジカンも歳は取ったんだなと。「消してェー!!」も多少マイルドになっている。やっぱり大衆的には一番聴かれるのはその部分だし「なんか前の方が激しかった」という感想になるのは、わかる。
でも考えてみてもほしいんだけど、12年も歳を取っているのに当時と同じテンションで「消してェー!!」ってされんのもどうなんだと。若さ青さで過去の自分と50m走したって同じタイムで走れるわけがないのだ。だから歳を取った分は体力とか瞬発力みたいな面以外、経験とか余裕とかで進歩を見せる方が正しくはないか。
こう書けば体力的に衰えた風に聞こえるけれど、むしろその逆で、この「消してェー!!」の部分なんかは歌が上手くなって音域が広がったせいで張り上げる感じがなくなっての聴こえだ。フィジカルも伸びてる。
全体を通しては、ギターとボーカルは音が太くなって、ドラムはちょっと引っ込んで、ベースは結構フレーズ変えている。単純に時も経っているので録音技術も進歩したのか、ズッシリギッシリ隙の無い音像になっている。
2004年版はスッキリしててわかりやすかったのに対して、再録版は細かいところに手が届いてるというか、楽曲ごとに楽器の音色も使い分けていてアルバムジャケットよろしく色味がより増えた印象だ。
コーラスが増えたり、ギターが重なってたり、発音がネイティブっぽくなってたり、聴くたびに「これ変わってんじゃん」とちょっとづつ気が付くところがあって「ああ、この人ら俺たちが受験勉強したりバイトしたり単位落としたりしてた間もずっと音楽に取り組んでたんだな」と当たり前のことを再確認させられた。途方もない時間ずっと進歩していたのだ。サラリーマンが30年同じ会社に通うのと同じく、冷静に考えたらかなり根の深い狂気だ。
再録版発売に際して「金儲けに走った」とか「新曲を出せばいいのに」とかいう人もいたけれど、どう考えても新譜の発表よりも既存の名盤のリメイクの方が遥かにハードルが高い。前のバージョンと露骨に比較されちゃうわけだし、出すだけでも相当勇気がいることだ。それをあえて、恐れずにやる。そういう部分が本当にパンクだ。やっぱりこの人たち、変な人たちなんだな。
12年の間、この人たちASIAN KUNG-FU GENERATIONは僕らじゃ想像つかない何かを積み上げてきたんだ、と進歩と変化がまっすぐ見て取れるアルバムになっている。買って聴いて、12年前みたいに「アジカンやべえよな」って中身のない話を一緒にしよう。