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石左

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音楽に"良い"とか"悪い"とかないんじゃないですか?

 寄せられたお便りを紹介したいと思います。

石左さん、初めまして。

今回は普段から思っているちょっとした疑問を、ご相談させていただきます。

そもそも、音楽というものは良いか悪いかという判断ではなく、好きか嫌いかだと私は思うのです。
それこそ、この記事にも書かれていましたが音楽を聴いて感じることは人によって絶対的に違うと思います。それを音楽雑誌の編集者が"良い""悪い"を決めて、あたかも一般論かのように語るのは少し違和感を覚えます。
わたしは今年から某雑誌社にて音楽業界に関わるようになりましたが、様々な場所で色々な話を聞くたびにこの業界どうなってるんだと思いました。例えば、業界人がこぞって同じバンドを"今、キてるからいいよね!推したいよね!"と一気に口を揃えて言い出すときなどは、みんなこのバンドしか見えてないの?他の音楽を探そうとは思わないの?と感じました。逆に"このバンドは歌詞が悪いから全然売れない"と言っている方に対しても何を基準に判断しているんだろう?と思ってしまいます。
上記は本当にあくまでもわたしの一つの考えでしかないのですが、音楽はもっと"好きか嫌いか"で判断される風潮になってほしいなと思います。そしてもっと音楽メディアは、世の中が知らない音楽を幅広く伝える役割であればいいなと思います。

 素晴らしい考え方ですね。オホホ、クソ食らえでございますわ。学級委員でも風紀委員でも好きにやって推薦で私立大学に行けこの野郎。

 音楽に"良い"も"悪い"もない。天上天下唯我独尊。はい、そうだと思います。ところで

「人間はみんな平等。劣ってる人なんていないよ。短所も長所も、個性だよ!」

 こういうこと言ってくる奴、顔に塩酸ぶっかけて個性一つ追加してやりたくなりませんか?

 彼女の考え方、確かに正しい。権威のある人が「これは良いものです」と言った途端に自称アーリーアダプタのみなさんが口をそろえて「良いね」「良いな」ともてはやし始める現象、マジでモンドセレクション。俺も嫌いです。ゴッチの顔色をうかがうな。

 音楽は良し悪しじゃなくて、好き嫌いにしか過ぎないだろ!そう叫びたくなるのもわかる。だけど今回はあえて言いたい。音楽に良し悪しはある。「音楽に良し悪しなんかない」という考え方の方が正しいし平和かもしれないが、こっちの考え方の方がモメるし泣く奴死ぬ奴が出てくるし面白い。歌い手のCD買ってる奴は生涯収入が平均の30%以下に落ち込むし孤独死のリスクは倍、口臭や薄毛にも影響するとの研究結果も出ています。

 今回は「音楽に良し悪しはある」これを徹底的に説明したい。

 みなさんの目の前で、にゃんこスターの男の方と、菅田将暉が溺れています。どちらかを助けられるとしたらどちらを助けますか?スーパー3助に蹴り入れて菅田将暉ですよね。俺なら両方沈めるけど。

 人間には完全に優劣がある。誰が何と言おうとお母さんにとっては一番の息子だよ… そんな生ぬるい理屈。メガバンクの面接官の前で通るわけがない。肉親感情なんか実家から出して良いこと一つもない。

 例えば学力体力で結果が出ない人に対して「君は思いやりがあるじゃないか」的な、数値化しづらいバロメーター持ち出して慰めを言う人がいますがね、そいつより頭良くて足の速いもっと優しい奴いるわけで。いちいちやらないけど人間すべてのステータスを数値化してポイント化してランキング付けすることも不可能じゃないのだ。認めろ。俺はバナナマン設楽に勝ってる部分一つもない。人間に優劣はある。人類平等論はそりゃつかの間の慰めにはなるかもしれないが、就職、恋愛、といった人生の戦場を生き抜く装備としてはあまりに粗末。見た目や収入や性格といったマシンガンで打ち抜かれた傷を塞ぐことすらできない。俺は菅田将暉に勝ってる部分一つもない。

 音楽もそう、優劣がある。OASISよりblurの方が絶対かっこいいんだよ。異論?喋んなくっせえからよ。眉毛剃れカス。

 ただ音楽も人間もある程度まで行くと甲乙つけがたくなってくる。それもめっちゃ良いしこれも違って良いよね… ってなりがち。白鵬と羽生弦を競わす意味ないでしょ。

 それでも言いたい。音楽に優劣はある。

 

優劣をつけるのが難しすぎるからつけられないだけ

「そんなもん人の好みだろ」

 としか言いようがないことに、あえて点数をつけることは少なくない。漫才に点数をつけるM-1グランプリ。ゲームに点数をつけるゲーム雑誌、海外だったら音楽だってPitchforkなんかで各アーティストのアルバムごとに明確に点数をつけている。

 じゃあなぜ日本の音楽は点数がつけられづらいのか。それは日本では音楽を心酔する宗教のように自分のパーソナリティの一部として捉える人々が多いからなんじゃないか?そう思う。

 例えばゲームとか好きな漫才師とかの話題なら

「あれ俺あんまり好きじゃないなあ」

 と気軽に言えるが、音楽とかアイドルとかの話でそんなことを言うと

「なんで!?わざわざ否定しなくてよくない!?」

 とヒステリーを起こす人が非常に多い。

「否定しなくても会話は成り立つのに、わざわざ好き嫌い言ってくる奴あたまがオカシイ」

 みたいな理論。ネット上で漫画になったり長文になったりで散見されますがね、自分の勝手なモラル基準を持ち出して相手に同意以外の返答をさせないような話題提起の仕方する方が人間としてどうかと思う。ソーナンスと話してろ。自分と同意見の人間以外を認められないなら家に鍵かけてネット回線を切れ。

 あんまり海外と自国を比べてモノを言いたくないが、こういった手合いに対して生易しい、良くない同調文化がこの国ではまかり通ってるので日本では音楽に良し悪しをつけることが少ないんだと思う。俺も「俺は好きじゃないよ」と"俺は"という注釈をつけるやさしさをもって記事書いてるんだけどそれでもファンが鬼の首取ったように「炎上メディア!死ね!」と罵声を浴びせてくる。誰が炎上メディアじゃ。お前が自分で自然発火してるだけだろ。君らみたいなのがいるから「俺は好きじゃないよ」って生易しく書いちゃいるけどお前、居酒屋でアルコールが入った状態の俺だったら「ゴミを魔法で音楽にしたらこんな感じだよな。聴いてる奴全員ADAD。胎教でこれ聴かせたら流産しそう」ぐらい言ってるからな。

 M-1の審査員が全員同じ点数つけることがないように、識者を数人集めても人によって評価はもちろん違う。ただそこに合計点を出して順位をつけることはできるし、審査員席にズブの素人が5人座ることはない。

 いまここで音楽の採点方がどうあるべきか論じるつもりはさらさらないが、"多くの人が支持しているから良いもの"という判断基準は絶対に違うと思っている。水と段ボールしか食ったことない奴に、俺が作ったカレーを食させたらそりゃウマいって言うだろうけど、有名店のカレーと横に並べられてそこそこカレーが好きな奴に食わせたら便器に叩き込まれるような代物だと思う。YouTuberのラップを有難がって聴いてる人が多いのは、音楽において日本人には水と段ボールしか食ったことがないレベルの味覚をしている子供たちがたくさんおり、そういう人たちを集めて商売が可能というだけである。

 ある程度のセールスを誇っている音楽にも、優劣は絶対ある。何らかの採点方法で点数をはじき出すことは可能だし、俺の勝手な採点基準からいけば売れてる音楽ほど点が低い。という逆説的な状況にあると思っている。音楽業の人がたまに言う「こんなかっこいいもの売れるわけない」という言葉にそれが集約されている。

 ただ、水と段ボール食って段ボールを我が人生と崇めている人、例えばミオヤマザキ聴いてる人とか、そういう人たちに限って上記のように「好き嫌いは個人の自由!否定するな!」とナイーブ振りかざして殴りかかってくるもんだから誰も優劣とか言わなくなったのである。

 最後にちょっとだけ付け足すなら「劣っていても好き」という現象はありえる。そこまで否定するつもりはないもちろん。俺が、あなたが、人が言えるし言っていいのは「これはカスだと思います」ここまで。「これを好きでいるのは間違っている」そこまでは言えない。知り合いの妹(21)が踊り手のアルバムを買ってて、センス凶悪だなとか思ったりはしますけど。普通に引きますけど。縁を切るまで考えますけど。別に好きでいるのは自由ですもんね。それだけの理由で一か丸ごと軽蔑するのも俺の自由ですけど。

 そんなわけで、みなさんも恐れず好きだの嫌いだの良いだの悪いだの言ったらいいと思います。文句を言ってくる奴には思想発言の自由を片手に泣くまで言葉で殴り詰めろ。ソリッドに生きろ。

 それでは。

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