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残田 響一

2015/09/07

記事

BECKとはそもそも「何」なのか?

「BECK」

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この写真が、当記事で取り扱うベック(BECK)である。
溢れる才能に、このイケメンぶりよ。惚れちゃうぜ。

それはともかく。

「バンドマンだったら読んでなかったらモグリ」

とまで某ミュージシャンに言わしめた、ハロルド作石のバンド漫画「BECK」。
数年前大ヒットしましたね。これによってある程度は日本のインディーシーンだったり、洋楽に対する眼差しが小さじ一杯ぶんぐらいは変わったと思う。
わたし(筆者)も結構読みましたが、しかしこうも思うた。

「……バンド名を『BECK』にするのって、どうよ?」

石を! ファンの人は石を投げないで! わたしのベイビーフェイスが!

だってさあ、これを例えば日本のミュージシャンで言えば、
バンド「向井秀徳」とか、
バンド「キヨシロー」
にするのと同じことだぜ。
……いやまあ、こうやってツッコませた時点で、作者側の勝ちなんだけどさー。

えと、「BECK」の、確か作者インタビューで、バンド名を「BECK」にした由来というのが、
「ジェフ・ベックだったり、BECKだったりは、音楽好きで知ってる人はきちんと知ってるけど、そうでない人はイマイチ認知度が低い。そこのあたりの絶妙なさじ加減が、音楽漫画としてウケると思った」
からだと言うてたように記憶してます。
……うん、だから、わたしがツッコんだ時点で、負けなんですな。

しかし。
こと、ここ「地下室TIMES」に来るような人にとっては、BECK……ベック・ハンセンは、「単なるアイコン」「ロック偉人」として、安易に片付けてしまっていい存在ではないっ!
今年、待望の新譜「Morning phase」を出したベック。一聴しただけでわかったね、これが今年ベスト10にらくらく入り込む傑作だってこと。
……ただ、ベックというミュージシャンは、「捉えどころのない存在」でもあるのです。だからわたし(筆者)と一緒に、ベックの「これまで」を振り返って、キャリアを区分けして、その音楽的存在に震えおののきながら、新譜を聴こうじゃありませんか。

 

サンプリングの旗手

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おおむね、音楽シーン/ポップミュージック史において、ベックとは、90年代にデビューした「サンプリング・ミュージックの旗手」として、時代の寵児たる扱いを受けています。
どういうことか。まずはこれ聞いてみてください。アルバム「オディレイ」の曲です。(このアルバムはマスターピースがありすぎて困るんだ)

 

ごちゃまぜ音楽!
ノイジィなギター、バキバキのブレイクビーツ、のんきな歌、さまざまなサウンドエフェクト(その大半はチープなもの)を、全部サンプラーにぶち込んで、「編集して」楽曲を仕上げるのがこの当時のベックの手法です。バンド一発録りじゃない。

この情報量の多さ……音楽的情報量、それこそが「BECK」だと長く語られてきました。そしてそれはある程度合ってる。
とにかく、様々な音楽からネタを引っ張ってくる。場合によっては「音楽以外」……TVの音とか、街頭の音とかからも引っ張ってくる。同時代(80~90年代)の音楽だけじゃなしに、はるか昔の音楽、例えば50年以上前のブルースやカントリーからもネタを引っ張ってくる(サンプリングする)。

このことが可能なのは、ベックが音楽家/アーティスト一家の子として生まれた、というのがひとつ。様々の音楽を咀嚼し、自分のものに出来る音楽偏差値を生まれながらにして持ってたという。
もうひとつは、この当時、サンプラーや、CDの登場など、「音源のデジタル化、並列化」が進んだ、ということ。それはつまり、音源さえあれば、どんな昔の音楽だろうと、どんな今の音楽だろうと、全部サンプラーにぶち込んで「同じネタ」として使えるということと同じ。高尚なクラシックだろうが、卑近なバブルガム・ポップスだろうが全然同列。

それすなわち、ジャンルの越境、コラージュ、という恐るべき手法なんですな。
今でこそ当たり前になりましたが、当時(90s)は、ロックだったりヒップホップだったり、テクノ/ハウスだったりノイズだったりが、隆盛はしたものの「ジャンルの袋小路」に入ってしまって、どん詰まりになってた時代でもありました。
ベックが時代の寵児となったのは、その袋小路/どん詰まり状態を、全ジャンルを全部混ぜこぜにして、軽々と飛び越えてしまったからなんす。さらにいえば、そのコラージュ性がすなわち、「人種のサラダボウル」たるアメリカの、過去から現在(いま)を象徴していた。

当時のアメリカ音楽(ポスト・グランジ)に言われていたこと……
「メロディーがどれも似たり寄ったり」→昔の音楽から引っ張ってきたり、今のラップをぶち込めばいいじゃない
「リズムがどれも似たり寄ったり」→サンプリングで新旧のビートを複合化させてブレイクビーツを作ればいいじゃない
「サウンドがどれも似たりよったり」→音ネタをそんじょそこらのものを使ってるから悪いんだ。もっととんでもないとこから持ってくればいいじゃない!

こーんなふうに、ベックは軽々と、アメリカ音楽……いや、全世界のポピュラーミュージックを、根こそぎ改革してしまったのです。

このカテゴリに該当するアルバムが「オディレイ」「ミッドナイト・ヴァルチャーズ」「グエロ」だ。テストに出るよ!

弾き語りシンガーソングライター

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加えて。
ベックのルーツにあるのが、戦前のブルース、カントリー音楽、といった「弾き語り」だ。
ベックは上記の各アルバム……バキバキのブレイクビーツにラップやカントリー風の歌を載せる、といった「ベック王道ロックスタイル」とは別に、定期的に……裏を縫うようにして、「すごいシンプルな弾き語りアルバム」を出す。
はっきり言って、今までの言葉を全部覆すようだが、ベックの曲は骨格だけ言ったら「弾き語り一発で充分成り立つ」のである。

「ミューティションズ」「シー・チェンジ」、そして今作「モーニング・フェイズ」がそれだ。
ここにあるのは、時代の寵児、という従来のベック像とはかけ離れた、非常に聞き手に親密さを与える音楽である。
はっきりいって、地味。
しかし多くのベックファン(すなわち、表層的なベックのイメージに囚われない聞き手)は、こぞってこのスタイルの音楽を熱烈に愛好する。

実験性や攻撃性がそれほどないこれらのアルバムを、なぜ?
ひとえにそれは、これらのアルバムが「ベックの心そのもの」と言わんばかりの、心をぐっと締め付ける「弾き語りの歌」がたくさん詰まったアルバムだからだ。

特に圧巻なのが、「シー・チェンジ」。
おおむねゼロ年代前半まで、ベックの最高傑作といったら? という論議では、たいてい
「オディレイ」vs「シー・チェンジ」
という図式が出来上がってたくらいだ。
緻密なストリングスアレンジにより、どこまでも広がっていくサウンドスケープと、どこまでも沈んでいく心情が同居する、独特の音世界が与えた、静かなる衝撃は、今なおベックファンの心を打つ。

「モダン・ギルト」、そして新譜「モーニング・フェイズ」

さて、これら二つの要素
「サンプリングの旗手」
「弾き語りシンガーソングライター」
が見事に融合したのが、ゼロ年代最後の傑作「モダン・ギルト」だ。
そのビート、その歌心、沈鬱にして、皮肉を交えながら、ヒシヒシと聞き手に迫る。個人的には、このアルバムがベックの中で一番好きだ。好きで好きで仕方が無い。

しかし、ベックはこのアルバムを作っている最中、体調を相当崩していたらしい。ステージに立つのも困難なくらい。歌を歌うのも困難なくらい。
だがそれも回復して、この「音楽混沌時代」とも言わんばかりの現代に、再びベックは……健やかな「弾き語り」アルバムを出してくれた。

今作「モーニング・フェイズ」。

その名の通り、まさに朝にピッタリな曲がたっぷり詰め込まれた、心に染み入る盤だ。霧に包まれた朝ぼらけから、日が差し込み、朝露の滴る静かな朝の瞬間にちょうど合うような、奇跡的な美しさを放つ。

もう、時代がどうとか、漫画のネタとか、地味とかへったくれとか、ベックの前では言っている暇がないのである。

ベックのように音楽活動をしたい、という人間は後を絶たない。
ベックの自由さ、確かにリスニング専門たるわたしですら、つくづく思い知るのだから、自由を志向するミュージシャンにとってはなおさらだろう。

ならば、ジャンルを越境するのを恐れてはならない!
ベックが恐れなかった「時代性」「ジャンル性」、そして「心情をそのまま形にすること」を恐れてはならないのである、表現者ならば!

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